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大伴マニフェスト

12年目の想い! 4度目の挑戦へ!


初めて市議会議員選挙に立候補した時に 「私の主張」 の基本理念を 「自立と共生」 とし、基本政策と具体的施策を列記し、この基本コンセプトとして 「福祉でまちづくり」 を掲げました。

そしてさらに、4年前の選挙では 「夢と誇りを!」 と 「幸せ」 って? ということを、掲げました。

それから4年が経過したのですが、基本的な考え方は何ら変わっておりませんが、いまの想いをあえて簡潔に文章にすると

「私たち長岡京市民は、一人一人がかけがいのない個人として尊重され、それぞれの違いを認めつつ大切にし、互いに支えあい、すべての人に居場所と出番がある、強くしなやかな、共に生きる長岡京市をめざす。」

であり、今回の基本コンセプトは、お互いを大切に想うということで 「リスペクトの精神」 であります。

平成25年9月1日  大伴 まさのり



『大伴マニフェスト2013』

「継続は力なり」

私自身63年間生きてきましたが、よきにつけ悪しきにつけ、これと思ったことは、とことんまでやりぬく性格です。

例をあげると、この10年間、ほぼ毎日、私自身のホームページの日記帳に、その日の出来事や想いなどを写真付きで綴り、情報の発信に心がけてきました。そして地域活動ですが、平成15年から7年間八条が丘自治会長を拝命し、その後現在まで顧問をさせていただいています。さらに趣味ですが、昭和48年に「長岡をサッカーの街に!」という想いの中、長岡京サッカースポーツ少年団と大人のクラブである長岡京クラブを立ち上げ、多くの仲間や関係者のおかげで、何とか40年間継続することができ、さる6月に40周年記念事業をしていただきました。
(詳しくはこちら>「長岡京サッカークラブ及び少年団時代」

かなり昔、仕事とは言え業務外の活動として、昭和58年から昭和61年の児童館児童厚生員時代の1年365日計4年間、朝の6時30分から、地域の青年にリーダーをしてもらい、基本的生活習慣の定着を目的に、小学生にサッカーの指導を行いました。
(詳しくはこちら>「北開田子供会早朝サッカークラブ時代」

またその経験を活かして、地域活動として、私が居住する八条が丘で、昭和62年から平成10年までの11年間、冬期の3ヵ月ほどの期間、毎朝6時半から子供会のサッカーの指導をおこないました。
(詳しくはこちら>「八条が丘子供会早朝サッカークラブ時代」

以上のように、たとえどんなことがあろうとも、これと思ったことはやりぬいてきた経験を持っています。このような私の性格上、以下に記すマニフェストは、何が何でも実現する努力を惜しまないことを、お約束いたします。

基本スタンスと基本コンセプトの具体的事項は以下の通りです。

 

1.基本政策

(1)みんなが安心して健康で暮らせる街をめざします
(2)家族が笑顔で暮らせる街をめざします
(3)緑とともに心豊かに暮らせる街をめざします
(4)市民と市役所がともに支えあう街をめざします

 

2具体的施策

(1)福祉でまちづくりの推進

① 子育てしやすい街に
② 障害を持つひとの社会参加促進
③ お年寄りにもやさしい街に
④ 地域福祉の推進
⑤ 市役所(行政)サービスの向上

《解説》まず大切なことは、8万人市民のため、すべてといってもその中のどういう層に対して焦点を当てて市政を進めていくかが大切です。私はやはり小さな子供たちや妊婦さん、障がいを持たれる方、あるいは身体的機能が低下してきている高齢者の方々に焦点をあてるべきだと訴え続けてきました。そのため子育てがしやすいように、保育所機能の充実・医療費負担の軽減が必要だと思います。障がいを持つ方には、その方らしい社会参加ができる条件のさらなる充実が必要であり、高齢者の方々には、やはり暖かい身近な地域が必要なのです。そして共通項として、バリアーフリーは当たり前で、12年前からユニバーサルデザインの街づくりを、訴え続けているのです。最近は共働きで、休暇がなかなか取れない方など、平日に市役所に行きにくい方が増えていますので、市民福祉の向上のため、何らかの工夫が必要です。

 

(2)地域コミュニティの推進(地域福祉の推進)

① それぞれの小学区単位の特色を生かした、小学区単位のコミュニティ組織の充実・育成
② 民生児童委員さんが活動しやすい環境の整備
③ 環境・防災・福祉・教育等々などの行政機関との良好な連携
④ 未組織自治会への結成への働きかけと自治会加入率の向上

《解説》約8万人の市民が約19平方キロメートルという狭いところに居住することをかえりみると、やはり近隣との付き合いがきちんと形成されている地域ほど、いろんな意味で成熟度が高いのではないでしょうか? 少子化・超高齢化が進む中、担当地域に住まれる社会的な弱者の方々に献身的に寄り添い、支えていらっしゃる民生児童委員の活動が、個人情報保護法の壁や、自治会が未組織なため、自分の足でしか情報が取れないなど、以前に比べ、その活動が非常にしにくい状況に追い込まれておられます。これらの状況を、地域のみんなで共有し、民生児童委員さんの活動を行政や地域住民が積極的に支えて行くシステムをつくります。

 

(3)教育のまち長岡京市に

① 中学校にも給食を
② スポーツの街・長岡京市に
③ リスペクト精神あふれる子供たちに

《解説》女性の社会参加が当たり前になっているこの時代で、中学生がいる世帯での要望の1番は給食の実現です。まずは、市教委がその必要性を認識されることで、このことからしっかりと議論を起こしていきます。  私は40年前に、長岡をサッカーの街にという想いで、長岡京サッカースポーツ少年団を立ち上げて、サッカーの代表選手やオリンピックに2人も、この小さな街から選出されたように、名実ともに「サッカーの街」と全国から言われるようになりました。このようにサッカーだけでなくあらゆるスポーツが、あらゆる市民が楽しめる街の実現のため、指導者の育成・さらなる学校を含め、既存運動施設の開放を進めていきます。特に子供たちには、スポーツを通して、スポーツをする相手や、すべての方を大切にする、リスペクトの精神を、しっかりと伝えていきたいのです。

 

(4)新しい公共の推進

① 誰もが参加しやすい社会的な活動の推進
② すべての学校の校庭を地域の力で芝生化に
③ ボランティアさんが生き生きと活動できる条件整備の推進

《解説》例えば私の地域である八条が丘自治会では10年前から町内会レベルでの互助組織である「お助け愛隊」を結成し、4年前に発展的解消して、「花の応援隊」を立ち上げ、市のメイン道路である文化会館通りの花壇を、1個1個担当者を決め、花植えから水やり等々の日常的活動をされていますが、花の苗の提供や技術的な指導は緑の協会(公)がしてくれて、日常的なお世話を地域住民がしているという事例がありますし、また町内の区域内にある市の公園の日常的管理も自治会や老人会がされています。この公と地域住民とのコラボレーションこそ、新しい公共なのです。また校庭の芝生化にしても、私が初当選から12年間継続して議会内で主張してきたことであり、2年前に、第七小学校校区の住民の皆様のご協力で、全面芝生化され子供たちはもちろんのこと、地域の方々に喜ばれています。このことを将来的には、市内の全小学校に広めていきたいのです。
本市はボランティア活動が盛んな街ですが、その条件整備が進んでいません。その理由の一つに、行政の窓口がばらばらであることなんだと思っています。そのために社会福祉協議会のボランティアセンターの機能の充実を進めていきます。

 

(5)議会改革を進めます

① さらなる定数の削減を進めます
② 動画配信を本会議場だけではなく、委員会の動画配信を
③ 議会報告会の量的・質的改善
④ 情報発信力の強化

《解説》平成25年5月臨時議会において、議員自らが提案し、全員の総意で定数26名から2名削減して、定数24人になりました。私は前回の選挙の私自身のマニフェストに、4名削減をめざすとして、その根拠や、余剰財源の使い方まで詳しく書きましたが、やっと2名削減までこぎつけました。次の任期の中で、私の当初のマニフェスト通り、さらにあと2名削減に努力いたします。
4年前の私たちの会派のマニフェストに書かしていただいた、本会議場の動画配信が、この9月議会から始まりますが、さらに実質審議の場である委員会の動画配信もできるよう努力いたします。
議会報告会も、正式に5月末に開催することができましたが、報告会は今のところ年1回開催の予定です。これを議員全員で、地域ごと、委員会ごとに分かれて、中学校区で年4回にします。
議会だよりをもう少し工夫することと、質問者の名前・写真掲載をおこなえるよう努力します。



長岡第6小学校付近版・今までの成果とマニフェスト

◎私と地元 長岡第6小学校 校区

私が6小校区に初めて深くかかわったのは、市職員として昭和53年4月に北開田
児童館が誕生した時、初代の児童厚生員として勤務した時です。以降61年3月までの8年間、校区内の行事や祭りなどに子供たちと共に参加するなど、毎日がそこでの生活でした。
その当時私自身、京都市に居住していたのですが、息子を小学校入学させるのに、何とか6小に通わせたいとの思いの中、昭和60年8月に八条が丘に転居してきました。
昭和62年から平成9年までの11年間、八条が丘子供会のサッカーコーチとして、冬季の大会に向けて3ヵ月間、早朝に練習を行ったのが、初めての地域活動でした。
平成2年には6小育友会の副会長もさせていただき、小学校に愛着が深まりました。そして、平成15年から平成22年3月までの7年間、八条が丘自治会長を務めさせていただき、現在も顧問をさせていただいています。
こんな地域活動を通して、自分の住んでいる( 4年前に独居の父が他界し、父が住んでいた同じ6小校区内のエスリード長岡天神に転居しましたが、八条が丘には、息子夫婦と孫が居住 )長岡第6小学校区は私にとって、最も大切な地元です。


◎最近の6小校区内での主な成果

6小校区の皆さんと力合わせ、願いを実現しました。

★ 6小校舎耐震化 ★ 同体育館耐震改築 ★ 同東側歩道の創設
★ セブン通りのカラー舗装化 ★ リバティ・西友北側歩道の整備
★ 天神ハイツ内4本の市道の整備及びカラー舗装化 ★ 消防署北公園芝生化
★ 防犯灯設置各箇所  ★ 横断歩道の整備各箇所 
★ エスリード自治会立ち上げ  ★ 自治会内コミュニティの醸成

◎これからの取り組みたい、主な事項

6小校区の皆さんの要望を受けて、議会で強く訴えます。

★ アゼリア通りの電柱の地下埋設  ★ 主要通りの歩道の整備とカラー舗装
★ 生活道路の整備と側溝の改修   ★ 防犯灯未設置個所への設置
★ 6小グランドの芝生化    ★ 身近な公園の芝生化
★ 自治会活動への援助   ★ 地域の要援護者への見守り体制の充実
★ 長岡中学校の給食の実施   等々

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